師匠

じゃあ、みなさん、いいとしましょう。世の中に本当に終末が起こるとしましょうか。天変地異が起こり、大地震が起こり、いろんなことが起こって、本当に世の中が壊れてしまうような終末が起こるとしますよ。

でも、そういった現象さえも大したことではないんです。それも結局、一時的に私の肉体が脱ぎ去られていく、そのことにしか過ぎないということなんです。本当の自覚をした私には終末はないということが、はっきりとわかっている人たちに、終末に対する恐れとか、そういったものに何の意味があるでしょうか。ですから、結局のところ「私の心」が世の中で一番安全で、一番重要な天国だと言うことができるんです。他のところで探すと言って、いったい何を探すと言うんですか?

以前にも言われたことなんですけれど、終末と言われたら、韓国では、そういう安全なところが10か所ぐらいあると言われました。

じゃ、果たして本当にそうでしょうか?安全だと言ったら、その安全さがいったい何だと言うんでしょうか?ですから、私の心が、結局のところ一番重要だと言うんです。そういった恐れ、そういった変化、そういったものに対してすべて、私には受け入れる心があるというのに、それ以上に重要なことが、どこにあると言うんでしょう?

いま、イエス様がお生まれになって、2012年経ったでしょ?
イエス様が弟子たちに「私が神の国をつくる」とおっしゃったでしょ。神の王国を建てられるって、イエス様がおっしゃったので、弟子たちはどれほど多くの期待をしたでしょう。本当に期待したんですよ。もうすぐ、このイスラエルの地に神の王国が建てられるんだと、とても期待したんです。ユダヤの人たちも、結局は私たちのところに神の王国がつくられるんだと、とても期待をして待っていました。イエス様は弟子たちにはっきりと公約なさったでしょ?「私が神の王国をつくる」、というふうに。でも、イエス様がつくられた神の王国というのはなんだったでしょうか?神の王国というのはどこにありましたか?

それは「私」でしたよ。

私の中に「神の王国」ができるのであり、私が、その神とひとつとなって、それから、神との媒介となっている父と子と聖霊、その媒介体とさえ、私がひとつになれるという、そういったことを見せてくださったんです、イエス様は。

でも結局のところ、聖なる父、聖なる息子、それから聖なる聖霊、そのひとつひとつが重要なのではなくて、それが一致するということが重要なことでしょ。結局のところ、イエス様がおっしゃりたかったことは、聖なる父、聖なる息子、それから聖なる聖霊というものは別々のものではない、聖なる父と私は別のものではない、聖なる息子と聖なる聖霊も私と別のものではなく、ユダヤ民族と別のものではなくて、結局はひとつのものだというとをおっしゃりたかったんです。そのことを教えたかったんですよ、イエス様は。

じゃ、それはいったい何ですか?結局、自覚ではないですか?
結局、イエス様は「自覚」のことを教えたかったんですよ、そして、自覚を通して自分の心の中に「神の王国」をつくりなさい、そういうふうに伝えたかったんです。