メンバー 印可に対してアドバイスはありますか?

玄卯さん 
それは本人がするべき問題なのになんで私に聞くんですか? どうやって印可をもらえるんですかって、本当に切実に思ってたら、いろいろ試してみるじゃないですか。
頭でだけ考えている人がどうやったらできるんですか?って、これは公式みたいに教えられて、その公式の通りにやってみて、もらえる、そういう修行じゃありません。
自分自身でやって確かめていくしかないのに、どうして本人じゃない私にそのことを聞くんでしょうか?

印可をもらうために何をするべきか?
それぞれが、まだ私が印可をもらうために、何か不足していると思っているところがあるのではないか?何かしないといけないんじゃないか?不足していると思ってるところがあるのではないですか?

もっと何をしたら印可をもらえると思いますか?

 
メンバー やはり、自分を見ていくしかないんじゃないかなと思います。
 

玄卯さん 

これから何かをしていかないといけないということでしょうか?
 
結局ですね、印可をもらうためにはなにかが必要だと思っているそれも、私の強迫観念なんです。
師匠が印可を与えるのは、私が今まで何か足りない、不足している、何かしないといけないんだというふうに思っていたものが、実は、君の強迫観念にすぎなかったということを、印可を通して教えてくれることなんです。
 
今回の人生だけじゃなくて、過去の生も含めて、数限りなく多くの人生を生きてきたじゃないですか?
でも、その経験ひとひとつに、私たちはなにか特別な経験がもっと必要だと思って、人生を繰り返してきたわけなんです。
 
その経験を繰り返していくことで私たちは完璧になっていくんだ、というふうに勘違いしていたんです。しかし、人生をいくら繰り返したところで、この地球の中の経験をすべて私のものにすることはできないんです。
 
満足というのは、私の心の中にあるものであって、経験にあるものではないんです。
 
私は不足していないということを、自分で完全に認めることができるならば、それは悟りを開いた状態であるに違いないんです。
 
今の私より、もっと偉いなにか、偉大ななにかになることをやめて、完全に自分自身に満足を得ることができるならば、私はそれで悟りを開いた状態であるに違いないんです。
 
悟りというのは、難しいことではないんです。それはただ、自分自身のことをあるがまま受け止めることができれば、受け入れることができれば、それで充分なんです。

それはとても簡単なことなんですけれど、でも私たちは、まだまだなにか不足している、まだもっと高いなにかになりたいということをいつも選んでいるんです。しかしすべての経験をすべてやり尽くすということは不可能です。

ただこの瞬間、私を認めてあげればいいんです。