障害と障害物

1999年11月30日
目をつぶって道を行けば、さまざまな障害物にぶつかって痛みを感じもし、
ひどくぶつかって傷を受けもし、時には危険な所に落ちもします。

しかし私たちは、これら全てが障害物のせいではなく
私が目をつぶっていたから起きた事だと、よくわかっています。

すなわち、どんな障害物であろうと、私が目を開けていたなら
私は、その障害物との衝突を避けることができたのです。

今、私たちの周囲には、障害物との衝突による痛みを訴える人がおり、
障害物との衝突による深い痛みを負って、苦痛に呻く人々がいます。

ストレス・・・・病気と呼ばれるものたちが、そうであるのです。

人と人の間の障害による衝突があり
私と私自身・・・すなわち、自分自らが作る障害による衝突があるといいます。

しかし前で話したように、どんな障害でも障害物にはなんの問題もないことを、私たちは知っています。
障害は、それ自身が力を持っているわけでもなく
そこにはなんのエネルギーも存在しない、という事実のことです。

障害が障害として存在できる理由は、ただ一つ・・

私が作ったからなのです。

そうだとしたら、障害はどこに存在しますか。
私の心の中に存在します。

どのようにして生じたのでしょうか。
私が私を見ることができなかったために、生じたのです。

そうです。
今まで私が見ることができずにいたのは、ほかでもない私自身でした。

決して障害ではなかったのです。
私が私自身を見ていられない時・・

私は私自身の中に存在するようになる、私の中の障害と衝突していたのです。

目を開けているというのは、私を見ていることであり
目を閉じているというのは、私を見られずにいることです。

皆さん〜

私を見てください。

私自身を見てください。


私にはどんな障害も、存在しません。

更新日: 2013-06-12 15:51:19