「自己肯定の道」

今回担当させていただきます檸檬と申します。

今回、メルマガを書かせて頂くにあたって思いを巡らせていたら
気がついたことがあります。それは、
「自己沈潜」と「自己否定」とは
真反対の言葉だということです。

ここキャンドルライトに縁を得て
私がゲート師匠に教えていただいたことは、シンプルですが
「自分を肯定していい」ということです。

というのも、
私はいつのまにか無意識のうちに
いろんな自己否定をしていたようです。
無意識に深く否定していました。
気づかないうちに。

すべては、私に始まり私に終わる、
と、ゲート師匠はおっしゃいます。

自分を大切にする、
自分を受け入れる、
自分を認める、
自分を知る、
自分に聞く、
自分の中に入る、
自分のままでいる、
自分の思うことをする、
自分を褒める、
自分の感じることを感じる、
自分に関心を持つ、
自分とは何かって自分に聞く、etc、etc。

たとえばそうやって自分のことばかり見ていると
私の場合はいつの間にか「自己沈潜」のようになってしまいます。

ところが、何処でどう勘違いしたのか
私は「自己沈潜」が悪いことだと思ってしまっていたんですね。

自分のことではなく、人のことを考える、
人のことに関心を持つ、
人の感情を自分のせいにする、
人の質問にまともに答える、
人のことばかり見たり聞いたりする、
人の意に添う・・・
そういったことのほうが自分を見ることよりいいこと、
この世はそういうところ、みたいな大きな勘違いにはまり込んでいました。

なので、ここキャンドルでの話が、初めのころは全く訳がわからず
ただ右往左往するばかりでした。

そうしているうちにいつの間にか
その価値観がだんだん入れ替わってきました。

自分を見ていて自然と「自己沈潜」してしまうことは
悪いことではなく、
人ばかり見て、人や人のことにエネルギーを注ぐことは、大げさに言えば
「自己否定」につながっているんだって
気がつくようになりました。

まさかの逆転でした。
それまでは、本で読んだ知識などから
自分が大事だと大雑把には知っている気分もありましたが、
体感というか、そういうものはなかったように思います。

キャンドルライトでは、
自分を見る、
自分にエネルギーを注ぐ、
ベクトルを自分に向ける、
というようなことの大切さを
皆さんが心を込めて異口同音に語り、教えてくださり、
どなたもが間違いなくその事に集中しているということがだんだん分かって来て、
とても驚きました。
そしてそういう環境の中にいることができたからこそ、知識としてではなく
価値観の書き換えがだんだん出来てきたと思います。

今のところまだ入り口ですが、時間の問題で、
これから体感としてわかるようになっていくのが楽しみです。

読んでくださってありがとうございました。

配信日:2018年3月15日