勉強の要領

2018年4月12日
直観とインスピレーションを強調すると一貫性が欠如しやすく

論理と分析を重視していると飛躍ができないという言葉があります。

ブッダ掲示板に書かれるブッダ達の文章を見ると、この言葉が適切な指摘になるかもしれません。

あるブッダの文章は直観とインスピレーションに偏って、現実性がなく雲をつかむような話に聞こえることもあり

あるブッダの文章は特に論理的で分析的ですが、自覚が欠如していてもどかしさが感じられたりします。


しかし実は直観とインスピレーションの世界を言葉と考えだけを使って強調するからそうなるのであって

私自身がその世界へ深く没入して入ってみると

そこで私は、唯一の一貫性だけを見て、出会って、分かって、悟るようになります。

同じく論理と分析も、私の思考のスタイルだけに止まらず

とても執拗に掘り下げて深く極め尽くしていくと、

論理と分析もまた、私を究極へと導く手段と方法の近道になり得るということが発見できます。


結論は、何でも半端にせずに、何をしようが

それに専念してくらいついていく習性をつけることが大事だということです。

いつもそうであるように、私の心構えが

勉強と修行と成長に於いて、その進行と停滞の分かれ目を決めるためです。

たとえば現在の私が息苦しくて混乱するところにいるとしたら

その息苦しくて混乱するところに固執しながらそれに対する答えを見つけようとせずに

洞察と自覚の努力を通して、その状況からいったん離れようということです。

現在の私が不自由で不安で不満足なところにいる限り

私はそこからどんな解決の糸口も見つけられないためです。


私を動かすことです。

たとえ私の現実がもどかしくて不足して十分ではないところだとしても

それは私の考えの現実に過ぎず、本当の私の現実ではないからです。

全てが私の考えの問題であり、私の心の問題なのです。


私の考えを動かして私の心を動かすのが、勉強の鍵です。

これに全力を尽くしてみるのが、修行の鍵です。

このために私の全てを捧げることができる心構えが成長の鍵です。



(こちらの文章は2014年4月17日に書かれたものです)

更新日: 2018-04-12