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もう一度、振りかえってみます

もう一度、振りかえってみます

1999年11月30日
もう一度、振りかえってみます。

悟りに関する数多くの話と教えがあります。


わたしたちは、このような自分の周辺で、

悟りについて多くの話を聞いてきました。


悟りは、三昧というこの上もなく穏やかな瞑想状態になることだと聞き、

悟りは、無念無想という考えが消え去る境地に行くことだという言葉も聞き、

悟りは、得道し、万物の位置を熟達することだという言葉も聞きました。

また悟りは、宇宙とひとつになる物我一体の体験をすることだという話も聞きました。


みんないい話です。


しかし、これら全てのことをする者は誰でしょうか。

三昧に入り、無念無想の状態になり、得道して、物我一体をなす、

これら全ての行為をする者は、誰でしょうか。


それは三昧でもなく、無念無想でもなく、得道でもなく、物我一体でもない、


まさに、わたしなのです。


わたしがそれら全てのことをするのです。


そうであるなら、何が一番先にならねばならず、

何に対して、まずしなければならないでしょう。


まさに、わたしに対してです。


悟りはまさに、私自身を知ることです。

私自身を悟ることなのです。


すなわち、わたしの全体性に対する根本的な洞察をすることです。


わたしはだれなのか

わたしは何なのか

わたしはどのように存在するようになったか

わたしはどこから来たのか

わたしはなぜ存在するのか


わたしに対する探求が始まることが、悟りの始まりなのです。

悟りは一度に終わるものではなく、ずっと進行していくものです。

わかることではなく、わかっていくことであり、

知識を得ることではなく、知恵深くなることです。


このように、正しい修行はわたしを知っていく過程であり、

わたしを悟らせていく努力なのです。


もう一度強調するなら


これら全てのことを、わたしがしているという自覚を絶えず引き起こすことです。


今日はみなさん全てが、悟りについて正しい見解をする時間を持ってみます。


それは

わたしに対して考えてみる時間となるべきであり

わたしに出会う時間となるべきであり

わたしと対話する時間となるべきであり

わたしとひとつになる時間となるべきなのです。

更新日: 2013-03-21 00:46:27