「私を見る」

こんにちは。


今回のメルマガを担当させていただきます、

101キャンドルライトの西村と申します。




このメルマガを読んでくださっている方は

悟りに興味がある方が多いと思います。





キャンドルライトでは、悟るために、そして悟りを深めるために

「自覚」というのをやります。

僕も、この「自覚」を、朝起きてから、食事をする時も、会社にいる時も、

人と話す時も、可能な限り長い時間やるようにしています。





自覚とはどのようなものか?





これを文章で説明するのは難しいのですが

一言で言うと、「私を見る」ことです。



これはとても抽象的な言葉ですね。




もう少し言葉を足すと、考えを創った私を見るということになり

これが自覚の王道だと言えると思います。






人は日々あらゆることを考えて生きています。

その考えによって、あらゆる現象に意味付けをし、規定しています。

これは良いことだ、悪いことだ、あの人はこんな性格の人だ、

自分はこのような人間だ、など。





それはもちろん生きていくために必要なことです。

しかし、あまりにもその考えにこだわることで、自分自身を締め付け

生きることが苦しくなっている方が多いように思います。





自覚により、それらの考えの縛りから自由になることができます。



考えを創った私を見るというのは、その考えが、私が創ったものであり

私とは別のものである、私がその考えの主人であるということ

を分かっていくことです。




考えと私が別のものだというのは、当たり前のことのように


思えるかもしれません。




僕もそう思っていました。




しかし、考えにこだわる、囚われるというのは、

考えと私が一体化してしまっているからこそ起こることなのです。





「私を見る」ということを続けていくことで

考えから影響を受けることが減っていき、私が自由になっていきます。

悟るということは、自由になることです。





自由ということから想像するのは

いつでも好きなことができるようになること、

自分の望むことを実現できるようになること。





そのようなことであると、僕はずっとそう思っていました。

しかし、自覚を続けてきて思うのは




そのような、これが自由ということだ、という考えから

自由になった時、いつでも私は自由な存在でいられるのだ

ということです。




ゲート師匠のもとで、道伴の皆さんと共に

自覚ができることに、心から感謝します。




そしてこれを読んでくださっている方に、

私を見るということ、自覚に興味を持っていただけたなら

とても嬉しく思います。

配信日:2017年7月20日