過去の私が教えてくれたこと

こんにちは、101キャンドルライトのdahと申します。




キャンドルライトのメンバーが悟りや自覚について

月に数回お届けしています

このメルマガを今回は私が担当いたします。





マスターゲート氏の著書や講話、そしてキャンドルライトの

ホームページにふれていると「一切唯心造」という言葉が

たびたび目に、耳に入ってきます。





初めてマスターゲート氏のお話を聞いた時に

私がこの言葉に抱いた印象は「聞いたことがあるし

文字から『全てを心が造り出している』という意味はわかるけれど

実際に私が身の周りの全部を作っているとは思えないなぁ」でした。





それから数年が経った今、ふだんの生活をしている中での

体験や人との関わりの中で



「あぁ、一つ一つのことを私の心が造り出しているし

自覚を知る以前から、そうだったんだ。」




と感じることが増えています。





こんな風に私が変わった、きっかけの一つをお話します。






社会人になって間もなかった数十年前、悩みを抱えている友人から

電話がかかってきては「グチ話」の聞き役になることが、よくありました。






1時間で終わるのは、まだ短い方で、2〜3時間におよぶことも

めずらしくありませんでした。





その都度、長い時間、耳を傾けていた疲れや

時間を浪費したイラ立ちを感じていても、当時の私は「今日は疲れているから」


と断ったり、途中で切り上げることは全く思いもよらず

むしろ「あの人はツラい思いをしているのだから

聞ける余力がある私が付き合うのが当然」ぐらいに考えていました。






そんな電話が頻繁になってきた、ある時、ふいに

「なんで、私は自分の時間を使って付き合わなきゃいけないの?」

という疑問が湧いてきました。





そして「なぜいつも、私は電話がかかってくると

相手の気が済むまで付き合っているんだろう」と考えるうちに

「相手が口に出してもいないのに『話を聞くことを求められている』

と判断しているのは、私?」、




「こんなに長時間付き合う必要、本当はないんじゃない?」

という思いが続いて浮かび上りました。





するとなぜか、そういう電話がかかってくることが、少なくなっていきました。

相手に「もう、あなたの話は聞かないわよ!」と言ったわけでもないのに(笑)





別の友人との間で似た様な状況がまた起こり

私が「相手の話を聞かなきゃ」と考えているうちは延々と時間をとられ

「あぁ、また必要以上に付き合っていたな」と気付くと止んでいくパターン

を繰り返すうちに、「時折こういう事が起こるのは




『私の身近に、延々とグチを言う人がいるから』ではなくて

『私が相手のグチに付き合うから』なんじゃないか?」



と視点が切り替わっていきました。





が、当時は「自分の視点が変わると状況って変わるんだな〜」

と、ボンヤリ感じるまでにとどまっていました。






ところが最近になって、この事をふと思い出し

「自分のとらえ方で状況が変わったのは

『一切唯心造』に通じているんじゃないかな?!」




「あの頃は『自覚』を知らなかったけれど

自分の考えで状況を造っていたの?!」

といった驚きと同時に




「今、私は何をしているのか、何をしようとしているのか」

を私自身がしっかり認識していることの大切さを痛感して

もっと自分に目を向けていこうと思いました。





「悟り」や「自覚」は「修行を重ねた特別な人のもの」

というイメージをお持ちの方も多いと思いますが、関心を持っていれば

ごく普通の生活をしながら学べますし、このキャンドルライトには

共に学び合える仲間がたくさんいます。





海外や日本国内で行われるワールドツアーなど、入会していない方でも参加でき

マスターゲート氏のお話を直接に聞ける企画も年に数回行われていますので

機会がありましたら、どうぞご参加ください。





また、キャンドルライト会員のドルフィニスト篤さんの著書「悟りハンドブック」

には自覚について論理的に記されていて、これから「悟り」や「自覚」

を学ぼうとされている方にもおすすめです。





こちらを読むことで、マスターゲート氏の著書「悟りの錬金術」「神秘の門」や

講話への理解を深める助けになるかと思います。






最後までお読みいただき、ありがとうございました。

配信日:2017年8月20日