「すべては幻想である」

初春を迎え、お健やかな日々をお過ごしのことと思います。

101キャンドルライトのメールマガジンを読んでくださり、ありがとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。




今回のメルマガを担当いたします、紅糸(あかいと)と申します。





例えば、
「すべては幻想である」


こんな言葉を聞いたことがあると思います。




すると、頭の中では、

「全部が幻想ってことは、

全部、ないってことなの?

いや、あるよね?

あるのかなぁ?

ないのかなぁ?」




こんな疑問が湧いてくるのではないでしょうか?




あるのか、ないのか正しい答えを知りたくなったり、

理解したいと探し求めたり、

どちらかが正しいとなれば、もう一方は間違いだと否定したくなったり・・・





そういったとき、




「これは、誰の考えだろうか?」
と自分に問いかけます。




「誰が正しい答えを知りたがっているのだろうか?」

「誰が理解したいと探し求めているのだろうか?」

「誰が正しさを主張しているのだろうか?」






「誰が?」


「私です」





そうです!




全ては、私から始まり、
私がこういった考えをつくり、
こういった考えをグルグルとさせ、
頭の中を忙しくしています。



「何も起こっていないのに!」 です^^



ただ、坐って、リラックスして、静かな時間が流れているだけなのに、

こうして考えに陥って、

頭の中のストーリーの中で格闘しています。



考えの中に答えを探そうとしても、何もありません。



まさに幻想ですね^^





では、


さらに、


「なぜ?」と問いかけてみます。





「なぜ?正しい答えを知りたがっているのだろうか?」

「なぜ?理解したいと探し求めているのだろうか?」

「なぜ?正しさを主張しているのだろうか?」





自分に問いかけさえすれば、
答えは、自分の中からはっきり出てきます。






このようにして人は、「何かを得よう」と、いつも外側に求めています。







そして、「得たような気分」をつくり、

「得たような満足感」をつくり、

「得たようなものでまるで自分の何かが上がったような感覚」をつくり、




「得られないようなもどかしさ」をつくり、

「得られないような自分は、ダメなのではという自己否定」をつくり、

「得られないような敗北感で下がっていくような感覚」をつくり・・・・





さて、私達は、





「何かを得た」のでしょうか?

「何かを得られなかった」のでしょうか?




「何かが上がった」のでしょうか?

「何かが下がった」のでしょうか?





得たものがあれば、出してみてください。



上がったり、下がったりしたのなら、指し示してみてください。





得たものもなければ、得られなかったものもなく、


上がったものも、下がったものもないですよね。





まさに、すべては幻想ですね^^






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(お知らせ)

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東京にセンターを移設しました。


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TEL:03-6875-2769


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配信日:2018年1月10日