私の中へ

こんにちは
今回のメルマガを担当させて頂きます、モンクさゆりです。


今回は私が感じている
101キャンドルライトや
悟りについて
有名な詩や歌のリメイクにのせて
お送りします。


(ご存じの方は、以下の詩を、テレビで流れている歌のように読んでみてくださいね)



原作 金子みすゞ 「わたしと小鳥と鈴と」より 
アレンジ モンクさゆり 「師匠と道伴とわたしと」



わたしが両手をひろげても、
幽体離脱はできないけど、
師匠は両手をひろげなくても、
幽体離脱できちゃうね。


わたしが私を愛そうとしても、
愛せない不足感 つくるだけ、
道伴は私に伝え続ける、
愛や不足感つくる私をみるんだと。


私が悟りを得ようとしても、
「悟ってるつもり」が増えてゆくけど、
師匠は私に伝え続ける、
悟りを得ようとする 私をみるんだと。


師匠と、道伴と、それからわたし、
みんなちがって、みんなわたし。

(注)悟りと幽体離脱は無関係です
  師匠とは、マスターゲート氏のことです
 道伴とは、101キャンドルライトの仲間のことです



101キャンドルライトでは

「みんなちがってみんないい」
じゃなくて
「みんなちがってみんなわたし(のそうぞうぶつ)」

の視点で

徹底的に私を観ていきます。


社会の常識、自分の価値観、道徳観をはじめ
人生の目的も、崇高な使命も
哲学も、教えも、
神秘的な体験や能力も、
愛も、
ソウルメイトや天使や高次元の存在も
地球や宇宙……色んな法則、神々や魂…でさえも
この私が認識できるもの全ては
私の考えのひとつにすぎず

全て私の創造物だ

ということです。




〜〜〜ここでちょっとタイム〜〜〜


わたしが私を愛そうとしても、
愛せない不足感 つくるだけ、
道伴は私に伝え続ける、
愛や不足感つくる私をみるんだと。

の解説を少し。

私が「私を愛そう」とした時点で

「私に愛が不足している」という考えを無意識につくった
だから
「私を愛そう」という考えを意図してつくる

といったことが起きています。

それはすでに
「全て私の創造物だ=創造主、本性の私」
の視点からは離れているということになります。
本来、その行為、苦しみの出発点である
「私に愛が不足している」という考えを
創っただけだと自覚してしまえば
私を愛そうとしなくていいし、
何かをしようと無理にがんばらなくていい、ということです。


私の本性は愛そのものだし、全てだし
そもそも創っている非存在の側なのですから。
(とはいっても、ここはまだ私自身が会得している途中で
知識が先行しているので、もっと聞きたい人は
他のキャンドルライト会員に聞いてみて下さいね)

とにかく
こういった私の中で知らず知らずのうちに作動しているからくりを
道伴との会話の中では見つけやすいのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜

では本題に戻りましょう。

そして
悟り、私(本性)に目覚めていなければ
死後の世界でも、生まれ変わっても
ずっと今のままの私(本性をわすれたままの私)であり
それは、また同じような思考、状況を創り続け、
一人芝居の人生を、輪廻転生し続ける。

これをゲート師匠は、睡眠中に夢を見続けている状態
と同じことと教えてくれました。


夢ということで次は
井上陽水さんの歌で「夢のなかへ」を
悟りバージョンでお送りします。


原曲 井上陽水 「夢のなかへ」 
アレンジ モンクさゆり 「悟りのなかへ」


さがしものは なんですか
みつけにくい ものですか
地球のなかも 宇宙のなかも
探したけれど みつからないのに

まだまだ さがすきですか
それより ぼくとおどりませんか

わたしの中へ さとりの中へ 
行ってみたいと思いませんか〜うふふ〜うふふ〜うふふ〜さぁ〜


101キャンドルライトでは
自覚・悟りの知識など、外側にあるものを探したり、得たりすることではなく
自覚・悟りを実践し続けることに集中して学んでいます。



悟りに興味のある方は
101キャンドルライトで実践している仲間に
ぜひ会いにきてみてください☆☆

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

配信日:2018年5月20日