父の死に行く姿を観て

今回のメルマガを担当いたします、余裕たかくん と申します。

昨年に父が他界しました。
80歳を少し超えてから体調を崩し、入退院を繰り返していました。
実家の母が看病をしていましたが、特に調子が悪い時には私も様子を見に帰省しました。

父は若いころからマス・メディアで何か事件が報じられると、不安になるのか、家族に何度も気を付けるようにと言い聞かせるような人でした。

身体が衰えてくると、不安を口にすることも増え、入院の際には恐怖感からか暴れてしまい、点滴で落ち着かせるといった感じでした。
退院してから薬をやめると幻覚が見えるようになりました。

その頃バリ島ツアーがあり、ゲート師匠に「幻覚が見える父に対して、どのように接したらよいのでしょうか?」と質問しました。

それに対してゲート師匠は「幻覚が見えるのはたいしたことではありません。
たかくんさん自身が満たされていることが大切です。
そして、あなたに余裕が出てきたら、それをお父さんに少し分けてあげてみたらどうですか。」とおっしゃいました。

そのとき私は声にならないぐらい、かすかな声で「はい」とうなずきました。
かすかなゆらぎのようなものを感じ、そのエネルギーはとても微細であり静けさがありました。
何故か、とても愛おしく思いました。

それから実家に行く機会があり、師匠の言葉を胸に父と接しました。
でもなかなか思うとおりにいきません。
頭で考えてしまい、余裕を少し分けようとしても、幻覚を見ている父とまともに会話ができないことで私に不安感がおこり、余裕どころではありません。
父を落ち着かせようと、幻覚は見えているだけでたいしたことではないということを言葉で納得させようとしましたが、父に幻覚を理解してもらうことはできませんでした。
幻覚を少しでも緩和できたらと、サプリメントやいい水などを飲んでもらったりもしたのですが、だんだん幻覚はひどくなり入院しました。

そして2か月後に亡くなりました。

振り返ってみると、父に対して呼吸をゆっくりしてもらうなど、父自身の内面に向かっていくような具体的な手助けの方法もあったのかなとも考えます。

でも、私自身を見つめていると、父が病気であることや幻覚がみえることを不安に思い、問題だと思っていたのは私で、ただ起こることが起きていたのだとわかります。
父には父の人生があり、私はその死に行く様を見ていただけでした。

今は、「父は存在していたのだろうか?」と思うほど、その存在をあやふやに感じることがあります。

バリ島ツアーで、私の質問に対してゲート師匠は「自分を見るように」と、その時の私にわかるように、あのような表現をされたのだと思います。

死自体は悲しいものでは無く、私と父とのやりとりを回想すると涙があふれているのがわかりました。

今までは、葬儀を悲しみで暗く重く感じて過ごしていましたが、その想いをつくっていたのが私だとわかると、葬儀も全く違う時間として過ぎ去りました。


101キャンドルライトに入会してゲート師匠に出会う前の私だったら、このような洞察はできなかったと思います。

ゲート師匠、道伴のみなさまに感謝します。
お読みいただいてありがとうございます。

※後日、お墓を建てたと連絡があり見に行くと新しい墓石には「あるがままに」とだけ刻んでありました。

(註)道伴=自覚を共に学ぶ仲間のこと

配信日:2018年8月25日