出来ない私を認める

こんにちは。
今回のメルマガを担当させていただきます、なっちゃん と申します。

私は今まで何でも努力して、何でも出来るようにしてきました。
とりあえず、たいていのことは人並みに出来るように頑張ってきました。

どんなに出来なくてみっともなくなりそうな事が起きても、毎回努力し、人並み以上の結果を出してきたのです。

そんな私がある日「なっちゃんて本当は出来ない人なの?」と言われた時は、とてもショックを受けました。
でも現実に起きてしまったことは、受け入れるしかありませんでした。

その内容とは、このメルマガです(笑)
実は前回、期限に間に合わなくて穴を開けてしまったのです。
確かに文章を書くのは苦手ですが、どうにかなるだろうとタカをくくっていたため、直前にネタをまとめる才能がなくてドタキャンしてしまったのです。

認めたくないけど、実際は言い訳できない状態です。
以前の私なら上手いこと言って逃れていたでしょう。
でも、この勉強をしていくと考えも変わってきます。
まずは、プライドを下ろし、あるがままを受容し・・・という教えの通り、ひとまず素直に謝りました。
でも本当は「この私が出来ないなんて、この私が並以下なんて」とワナワナしっぱなしでした。
出来ない自分を認めきれなかったのです。

その晩はショックすぎて放心状態でした。
「このまま消えて無くなるかも・・・」
「いや、粉々になってしまうかも・・・」
そう思いながらお風呂に入り、湯船の中で
「もしかして溶けて無くなるかも・・・、それでもいっか、無くなっちゃっても」と、ぼんやり浸かっていました。
でも、残念なことに私は何も変わりなく、ちゃんと存在してました。
当たり前ですが(笑)

ゲート師匠は「自尊心やプライドがあるから悩みも作るし苦しむんだ」と言います。
そんなもの、私はたいして持っていないだろうと思っていましたが、実際は大アリだったのです。

さて、ズタズタな私は、その後どうなったでしょうか。

どうにもなっていません。
むしろ、プライドを下ろしやすくなりました。

そして、並以下でもいいや、と気がラクになりました。
でも、その「並」というのも私の作った勝手な基準でした。
結局、私は「以下」でも「以上」でもなかったのです。
ただ「知らないだけ」「出来ないだけ」でした。
みっともないこともなく、人としての価値が下がることもなく、ただ、それだけのことなのです。


現在、新しい職場では知らないことや出来ないことが多くあります。
その都度、劣等感を作り、瞬時に落ち込みますが、すぐに「またそういう考えを作った」と気づくようになりました。
そして、それらは恥じることではないし、過ちも素直に謝罪できるようになりました。

今までの私は頭の中で、勝手に厳しい基準を作り、勝手にジャッジし、勝手に上がったり下がったりを繰り返してしました。
大変な世界に住んでいたようです。


まだまだ沢山の思い込みがあるでしょう。
これからも私に意識を向け、思い込みに気づいていこうと思いました。

お読みいただき、ありがとうございました。

配信日:2018年9月25日