私の心の遣い方 〜マスターゲート氏講話より〜

皆さまこんにちは。キャンドルライトのbelloと申します。
以前にもこちらのメルマガで、お目にかかったことのある方もいらっしゃるかもしれませんね。

今回はゲート師匠が、私たちの学びの場の一つである掲示板へ寄稿してくださった文章の中から、とくに印象深かったものをご紹介させていただくことになりました。

と申しましても、どれもが多くの教えをいただいてきたものばかりですので、一つを選び出すことがとても難しいです。そこで、いまの私自身の心に近い内容の文章をご紹介させていただきたいと思います。


【私の心の遣い方】  


「お香を包んだ紙からはお香の匂いがして、魚を包んだ紙からは生臭い匂いがする」という言葉が法句経にあります。

いい友達とつき合うべきだ、という解釈もありますが、「自灯明法灯明を亀鑑として私自身を磨くべし」という仏法の趣旨に照らすなら、私の心の遣い方がそのまま外へ現れる、という点を指摘した、私たち自身についての話と言えるでしょう。


花にはそれぞれ、特有の香りがあります。たとえ目には美しく見えても、全く香りのしない花もあり、香りがあるといっても、むかつくような匂いを漂わす花もあります。地味に見えても人を酔わせる濃厚な香りを発散する花もあり。花には花の体臭があります。

人も同じです。体から出る臭いがあるように、心から出る匂いもあります。体から出る匂いは鼻で嗅ぐことができ、心から出る匂いは感覚で知ることができます。


心に欲の多い人は、他の人を不便にして不安にさせます。負担や深刻さ、恐れを誘発させストレスを与えます。その人の心から出る匂いが、他の人に伝わるためです。

いくら言葉で、私自身は自由で楽だと言ってもそれは外見にすぎず、自分の内面から吹き出てくる悪臭は隠すことができません。


心に私心のない人は、他の人を楽にしてくれます。敢えて難しい言葉を言わなくとも人々はその人の考えに同化されるし、その人の心を読むことができ、感ずることができます。

なぜならその人はあるがままの真実を伝えるだけで、言葉と考えで隠しているものがないからです。決して難しい話も深刻な話もしないのです。



心は 感じることもできるし 見ることもできます
心は 感じられもするし 見られもします
心は 偽ることができません
心は 他の思いで欺くこともできないのです



私の心の現住所
私の意識の現住所
私の考えの現住所

こうした私の現住所を正しく見る自覚が、ですから、よくよく大切なのです。


(2016-01-07 寄稿)



「私の意識の現住所を自覚すること」については、ゲート師匠がこれまでにも何度となくお話してくださっているのですが、最近の私は、また改めて「私の現住所とアイデンティティの自覚」を深めていきたいと思っています^^

それから、いま読み返していて思い出したことがありますので、シェアさせていただきますね。私が師匠とキャンドルに出遭って1〜2週間めの頃のことです。ふと、一つの不思議が頭に浮かびました。

(マスターゲート師匠という方は、ひとたび直接お会いして講話を聞いた人たちのほとんどを、年齢性別を問わず惹きつけてしまう. . . なぜかしら?)

すると、私が心の中にその考えを浮かべるや否や、ゲート師匠は私の方を向かれて話されたのです。「私がもし、たくさんの人に親近感を感じてもらえるのだとしたら、それは、私には私心というものがほとんどないからだと思います」そしてニッコリとされました。

会場に数十人いた中の一人の心の中の声が、瞬時に届いていた驚きと、「私心がない」というお言葉が、いまも深く心に残っています。人間としての身体を纏いながら、私心のないわたしへ. . . . はい、2019年も日々是自覚の一年になりますネ^^

☆ありがとうございます☆


master Gate 悟りへの道 https://twitter.com/masterGate101

配信日:2019年1月25日