自覚とは 〜マスターゲート氏講話より〜

こんにちは。

今回のメルマガは、正行(ジョンヘン)が担当させていただきます。

数か月前から始まった、マスターゲート師匠の講話をご紹介するシリーズ。

今回は、2014年10月に行われたベトナムツアーより、師匠が「自覚とは、、、」とストレートにお話ししてくださった講話をお届けいたします。


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自覚というのは、問題を自分が作っているということを見抜いて、そして自分のアイデンティティを見抜いていくことです。
辛ければ、辛さの原因が何なのかを見ていけば、自分が感じている比較、そして自尊心からその辛さが出てくるということを見抜くことができるじゃないですか。

自覚というのは、自分が作った問題を直視することなんです。
私は何のためにストレスを受けているのか、ストレスはどこから来るのか、そのように原因を詳しく見たならば、原因を作ったのは自分なんだから、原因をなくすことができるのも自分なんだ。

誰が作ったんだ。あいつが作ったか、そいつが作ったか。
そうではない、自分自身が作ったんだよ。
自分自身が作って、それを掴んでいるんだから、自分がそれを切り捨てればいいだけなんだ。

だから簡単だろう、皆さん。
難しいものは、ひとつもないよ。

難しければ、辛ければ、その難しさ、辛さを直視するのが自覚なんだ。
難しさ、辛さを受け入れて、そこから抜け出すこと、それは自覚じゃないよ。


実際に南京錠を開くカギはどこにある。
カギを探すのが自覚ではないんだよ。
自覚というのは、結局はその南京錠というのは幻だったというのを見抜くのが自覚じゃないか。
開かないといけないと思うのも幻想だった。
カギがあれだった、これだったと思うのも幻想だった。

そのカギをもたらすことが出来るのは、お釈迦様だろうか、イエス様だろうか。
私の恋人だろうか。そうではない。
私が作った南京錠なんだから、私がそのカギを探さないといけない。
しかしそのカギがあるわけではないんだ。
南京錠自体が、私が作った幻想だった。
その南京錠が幻だったという悟り自体が、それを開けるカギなんだよ。
だから、絶対にカギを探すことができないんだよ。
どのカギでも開くはずがないんだ。
なぜなら、南京錠というもの自体が、私が作った幻想なんだから。
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以上、ごく一部ですが、ご紹介させていただきました。

キャンドルライトで学ぶようになって数年経ちますが、私は長い間、自覚によって、問題を解決しようとしてきました。
問題という考えにはまり、師匠のおっしゃる“自覚ではないもの”を、自覚だと思ってやってもいました。
でもその過程を通ってきて、いま改めて師匠の講話を聴いてみると、前とはまた違った理解があるように感じます。

出来る、出来ないにとらわれず、ただ自覚を続ける。
そこからまた新たな道が開けていくように思います。

そして、自覚を続けることによって、「私」がよりシンプルに、自然になっていくように感じます。



マスターゲート師匠の講話は、ユーチューブでも、たくさんご覧になれます。
過去のメルマガも是非ご覧になってみてください。


お読みいただき、ありがとうございました。

配信日:2019年6月25日