自愛〜今ある幸せに感謝する〜(マスターゲート師講話より)

マスターゲート師匠の講話をご紹介するシリーズ、今回は喜楽(きらく)がお届けします。

今回ご紹介するのは、先日開催されたタイツアーで初日に行われた講話からの抜粋です。

ご自身の体験のありのままを包み隠さず伝えてくださりながら、ポイントをついて、私たちが留まっているこだわりを手放して越えていくための、とても大切なことを話してくださいました。

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(省略)

みなさんは、いつもとても容易く簡単な真理に拒否感を持ってしまいます。

「なぜ真理というものが、これほどまでに容易いはずがあるだろうか?」という風に考えてしまう。

いやいや違うよ、みなさん。

般若心経や華厳経に何か真理があるのではありません。

真理とは、まさに実践だ。

今、存在していることに真理がある。
この存在と実践に。

私がまさにこのように健康で存在できていること。

今私の身体にあって、いかなる痛みもなく、私が平安にこの健康さを維持することができること。

この幸せに感謝する思いを持って、私自身を心から深く抱きしめてあげてごらん。

抱きしめるということは、他人にすることではなくて、私自身にしてあげないといけない。

本当に悩みなどは何の甲斐もない。

風邪にでもかかってごらん。

悩んでいる暇があるだろうか?

あちこち痛くて、あえぐのに忙しいよ。

私の深いところから私をハグしてあげてごらん。

私はあまりにも痛い体験をした時、気を集めることができなかった。

通常なら心配はしません。

なぜなら、あちこち痛くても、集めた気で治療することが出来たからです。

でもその時は気を集めることが出来なくて、慌て始めました。

いつもなら、練功する(気を練る)と気が集まって来るのですが、その時は集まらなかったのです。

それで、とても慌てました。

その原因をじっくり考えてみたところ、その2〜3ヶ月の間、痛いと思いながらも、またその痛みのことを忘れていたのです。

私自身に対する反省。

私の身体を粗末にしたことに対する反省。

私の身体に感謝しなかったことに対する反省。

それを考えずにイライラしてしまうから、もう身体から抜けてしまおうかとか、切り裂いてしまおうかという思考回路にずっと陥ってしまいました。

でもまた心を持ち直して「私こそが私の肉体を粗末に扱っていたんだなぁ」と精神を変えた時、そのときから気が集まって丹田が形成され始めたのです。

これはどういう意味でしょうか?

このことで、感謝する思いがなければ、気も集まらないということがわかりました。

基本的に私自身に対する感謝の思い、幸福感がなければ、どのような修練をしようと失敗するんです。

何かみなさんが満足せず、それに感謝せず、不幸感を感じるとします。

でもそれを無視して、何かを追求するために修行しても、100%失敗します。

私の意識や精神が変わらない限り、きちんとした気が集まりません。

そのことを私は痛感しました。

それで、気を集めてきちんとした修練をしようとするならば、再び初心にかえらなければいけません。

これくらいあることだけでも感謝だ。

今これくらいあること自体だけでも幸せで感謝だ。

今の事情や状況を受け入れる時、再び丹田が形成されるのです。

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ちょうど私は個人的に頑張り過ぎていたのですが、この師匠のメッセージによって、
自分が「よい」と思うことをしたいという考えにとらわれるあまり、現状を否定し、
現状を支えてくれている家族や自分への感謝という、本当に大切なことを省みなくなっていたと気づくことができました。
ですので、このお話を聞けたことに、とても感謝しています。

自覚もとても大切ですが、
自覚と並んで大切な自愛。

いつも私が置き去りにしがちなポイントです。

この2つがあって両輪で進んで行くこと、自愛の大切さを今回のお話でまた思い出させていただきました。

このご紹介した講話のメッセージから、お読みいただいているみなさまも、何かしら受け取られるものがあれば嬉しいです。

そして、キャンドルライトのメンバーとして、自ら実践を通して体験を重ねていく同じ道伴として歩みを共にして行けたら嬉しいです。

お読みいただきありがとうございました。

(註)
道伴=自覚を共に学ぶ仲間のこと

配信日:2019年10月16日