感謝から始まる

昨年11月に入会しました丹住(たんじゅう)です。

子どもの頃、仏教に興味がありました。普段は外で元気よく遊んでいましたが、夜には死に怯えたり、魂について考えるような子どもだったのです。禅寺が近くにあり、禅に興味を持ちました。大人になった今も、この性格はあまり変わらないようです。

数年前、ネット配信されていたマスターゲート氏の講話を聞きました。氏の著書の朗読動画にも禅の話が出ていたので、氏に興味を持ち、一度講話を聴いてみたいと思っていました。

たまたま昨年秋に101キャンドルライトのツアーを知り、参加したものの、当時の私は、ツアーから帰り職場に戻れば、人間関係のストレスで疲れ果て、自分の使命や魂について考える余裕もないほどでした。一足先に入会した知人の誘いがなければ入会も考えなかったと思います。

ストレスを抱えて私は、「私が現実を作ってる? そうかもしれない。頭ではわかっても、あの人たちを私は許したくないのだ!」と怒りを握りしめていたのです。

そのまま年を越し、正月明けにインフルエンザになりました。絶え間なくひどい片頭痛と高熱が続きました。しばし頭痛がやわらいだ時には、職場のことを考えて「あの人たちを私は許したくない!」と思いました。するとまた転げまわるくらい激しい片頭痛が起こるのです。これを繰り返しました。でも、寝込んでから5日目の朝に、ふと、こう思っている自分に気がつきました。

「どうだって、いいことじゃない?」と。

インフルエンザが治り、職場に笑顔で行き、互いに憎んでいた同僚たちに話しかけていました(向こうの態度は前と変りませんでしたが……)。その後、私はより快適な住まいへ引越し、今は笑いの絶えない職場へ変わり、素晴らしい同僚たちと働いています。

インフルエンザから半年たって、悩みがなくなり、少し途方にくれました。苦しみも喜びもない状態でぼんやりしてしまったのです。

今年の秋のタイツアーでマスターゲート氏は、
「勉強することができ、自覚がわかり、素晴らしい師匠に出会ったということに対する徹底的な満足、感謝の気持ちから始めなければいけない。もし満足、感謝がきちんと出来ていなければ始めてはいけないんだ。」
と言われました。

以下、マスターゲート氏の言葉です。

「不満足から始まると大きな不満足に終わるだけなんだよ。不満足から始めて、どうして満足で終わることができるのか? 始まりと同じように終わるんだ。感謝、満足の種を蒔いてすくすく育てるんだ。それが大きな満足になるんだよ」

この言葉に出会って、私は、不満足から始まっていたから、途方にくれてしまったのだと思いました。今度は、出発を満足から始めることにしました。感謝と満足の種を蒔き始めています。そしてその種を育てていこうと思います。

この一年間、マスターゲート氏、道伴の皆様いつも励まし、アドバイスを下さり、ありがとうございました。感謝いたします。

(註)道伴=自覚を共に学ぶ仲間のこと

配信日:2019年12月15日