投稿日:2018年5月7日
最終更新日:2018年5月7日
最終更新日:2018年5月7日
空っぽの心
老子は言います。
「粘土をこねて器を作れば、その空いた所(無)が『盛る器』としての役割となる。
戸や窓を作って部屋を組み立てた場合にも、その空いている部分(無)を部屋として利用する。
そうであるので、有ることが利になるというのは、無いこと(無)が作用するからである。」
私の心が空いている時、私という肉体の器は、品格ある使い手(利)を発揮します。
私の心が空いているので、私は相手を許容して受容し、理解してあげることができるからです。
真の知恵とは、このように、私の空いている心から出てきます。
自覚している心は、空いている心。
私の品格を示しているのです。
(こちらの文章は2018年4月11日に書かれたものです)