投稿日:2018年7月25日
最終更新日:2018年7月25日
最終更新日:2018年7月25日
私の心の大きさ
日頃から不平の多い弟子に、ある日ヒンズーの師匠が、塩を持って来るように言いました。
弟子が塩を持ってくると、師匠は不平不満でいっぱいな顔の弟子に、塩一握りを水に混ぜて飲んでみろと言いました。
そして、尋ねました。「味はどうか。」
「塩辛くて死にそうです。」
師匠は微笑みを浮かべながら、弟子に再び、塩一握りを近くの湖にまいてみろと言いました。
弟子が塩一握りを湖にバラバラまき散らすのをみて、師匠が言いました。
「さあ 湖の水を飲んでみなさい。」
弟子が湖の水を汲んで飲むそばで、師匠が尋ねました。
「味はどうだ。」
「冷たくて美味しいです。」
「塩の味はするか。」
「しません。」
すると師匠は、弟子の両手を握りながら言いました。
「人生の苦しみは、純粋な塩と同じだ。それ以上でも以下でもない。
人生で経験している苦しみの量は、同じだという。正確に、同じだったろう。
けれども私たちが感じている苦しみの程度は、苦しみを溜めている器によって変わるものなのだ。
苦しみを感じる時、私たちができるのは、広い心で状況を認識することだけだ。
さあ もうお前も、ガラスのコップではなくて、湖になってごらん。」
私たちの心は、どの程度の大きさでしょうか。ガラスのコップでしょうか… 湖でしょうか。
苦しみに対する私の姿で、私の心の大きさを、知ることができます。
(この文章は2018年2月5日に書かれたものです。)