最終更新日:2021年12月14日
孔子の教訓
顔回は学ぶことが好きで、品性も善く、孔子のお気に入りの弟子の一人でした。
ある日、孔子のお使いで市場に立ち寄ったのですが、
ある呉服店の前にたくさんの人が集まっていてうるさいので、何事かと近づいて見てみると
店主と客が言い争っているのでした。
事情はと云うと、呉服を買いに来た客が大声で
「3×8は明らかに23なのに、あんたはなぜ、私に24元を要求するのかってんだよ。」
一言で言うと、客のごり押しでした。
顔回はこの言葉を聞いたとたん、その客に、まず丁重に挨拶をした後、
「3×8は明らかに24ですのに、どうして23なのですか。 あなたが間違って計算したのです。」と言いました。
呉服買いに来た人は顔回の鼻を指して
「誰が、お前に出てきて調べ正せと言ったんだ。
見たところ孔子の弟子のようだが、道理を評価しようと言うなら、よし、孔子さまの所に行こう。
正しいか間違っているかは、あのお方だけが正確な判断を下すことができるだろうよ。」
「いいですよ。では、もし孔子が、あなたの負けだと言われたら、どうしますか。」
「そしたら私の首を差し出すよ。ところでお前は、どうするんだ。」
「私が間違ったら、冠を差し出しましょう?!」 二人は賭けをして、孔子のもとを訪れました。
孔子は事の顛末(てんまつ)をみな聞いてから、顔回に笑いながら「お前が負けたから、この人に冠を外して差し出しなさい。」
顔回は師匠の指示に従って、素直に冠を外して、呉服を買いに来た人に与えました。
その人は、意気揚々と冠を受け取って帰っていきました。
顔回は孔子の判定に対し、うわべには表せなかったのですが、心の中では到底理解することができませんでした。
彼は自分の師匠が、もうあまりにも年老いて愚昧なので、もはや学ぶものはないと思いました。
翌日顔回は、実家の事情を言い訳にして、孔子に「故郷にしばらく行ってきたい」と要請しました。
孔子は何も言わずに、頷きながら許可しました。
旅立つ直前に、孔子に別れの挨拶をしに行ったのですが、
孔子は「家の事が片付いたら、すぐさま戻って来るように。」念を押しながら、顔回に二つの忠告をしてくれました。
「千年古樹莫存身」、「殺人不明勿動手」。
顔回は別れの挨拶をした後、実家に向かって走っている途中、道で突然、雷の音と稲妻を伴った大きなにわか雨に遭って
しばらく雨を避けようと、急いで道端のひねこびた古木の下に飛び込もうとしたのですが、
その瞬間、師匠の最初の一言である、「千年古樹莫存身、
千年経った木に体を隠すな」という言葉が思い浮かびました。
それでも今までの師弟の情を考えて、「彼がしてくれた忠告なんだから、一度くらいは聞いてあげなくちゃ。」と思って、そこを再び飛び出したのですが、
まさにその瞬間に稲妻が光って雷が落ち、古木は粉々になってしまったのです。
顔回は驚きを禁じえずに、心の中で考えました。
「師匠の一番目の言葉は的中したが、だったら、二番目の忠告によると、まさか私が殺人をすると言うのか。」
しばらく走って家に到着したのですが、すでに遅く、深夜でした。
彼は家の中に入り、刀剣で、妻が寝ている寝室の取っ手を静かに開けました。
暗い寝室の中を手探りでゆっくり触ってみると、なんと寝台の上に二人が寝ているではないか!
その瞬間腹が立って、剣を抜いて振り下ろそうとした途端、孔子がした二番目の忠告が思い出されたのです。
「殺人不明勿動手。 はっきりしない場合は、むやみに人を殺すな。」
急いでろうそくを点けて見たら、寝台の上の片方は妻であり、またもう片方は自分の妹が寝ていたのでした。
顔回は次の日、夜が明けるやいなや孔子の元に戻って、師匠に会った途端にひざまずき、言った言葉は
「師匠が忠告してくださった二つの言葉のおかげで、私と私の妻と妹は生き延びました。
どうやって事前に、そんな事が起こり得るというのをご存知だったのですか。」
孔子は顔回の体を起こしながら、曰く
「昨日は天気が乾燥して蒸し暑く、雷が大きな木に落ちる可能性が多分にあったし、
君は憤慨した心で、また刀剣を持って出発したので、そんな状況を前もって予測することができたのだ。」
孔子が続けて言う事には
「実は私は、既に全てを知っていたよ。お前が家に帰ったのは、ただの言い訳であり、
私があんな判定を下したことについて、私はあまりにも年老いて事理の判断がはっきりできず
もうこれ以上学びたくなかったので、旅立ったのではないか。けれども、一度よく考えてみよ。
私が3×8=23が正しいと言えば、お前が負けて、ただ冠一つを差し出すだけだが、
もしも私が3×8=24が正しいと言ったら、その人は、一つの命を差し出さなければならなかった。
顔回や、答えてみよ。 冠がもっと大切か。人の命がもっと大切か。」
顔回はようやく理知を悟り、孔子の前にドシンと再びひざまずいて、大きく敬拝を捧げながら言いました。
「お恥ずかしい限りです。師匠の、大義を重要視して
取るに足りない小さな是非を無視する、その度量と知恵に敬服するばかりです。」
それ以降、孔子が行く所で顔回は、彼の師匠の側を離れたことがありませんでした。
私たちは一生を生きていきながら、ある時には、私たちがこだわる、
いわゆる自分が正しいと思う道を前面に押し出して、相手に無理やり勝ちもするでしょうが、
それにより、最も大切なものを失うことになるかもしれません。
万事に軽重緩急があるというもの… 何の意味もない体面、論争、争議、憤怒、憤慨のために
生涯後悔しても取り返しのつかないことを、絶対に犯してはならないのです。
(こちらの文章は2018年2月10日に書かれたものです)