投稿日:2013年3月27日
最終更新日:2017年4月16日

今回の生が大事な理由

波瀾万丈な人生を生きるという言葉があります。

波浪の高さが一万丈の高さになるという意味で

人生の変化が激しいことを比喩した言葉です。

人々は波瀾万丈な人生と聞くと

外面的に大きな事件と事故を経験する

ドラマのような人生を思い浮かべがちですが、

一方で、心の苦労に喩える人もいます。

人生を生きながら誰よりも心の苦労が激しかった人の人生

これこそが波瀾万丈な人生に違いないと。

しかし人によって表現する程度の差があるだけで

心の苦労が無かった人が世の中のどこにいて

心の苦労なしに生きる人生がどこにあるでしょうか。

だから心の苦労も人生の一部分に過ぎません。

それでは私たちにとって、波瀾万丈な人生とはどんな人生でしょうか。

それは、私の意識を目覚めさせ、人生の変化のみならず、私の存在の変化をももたらせるために

自覚の勉強をしている、今回の生こそが、みなさんにとってもっとも波瀾万丈な人生となります。

権力と名誉と富を蓄積するために、渾身の力を振り絞っていた過去の生を綿々と調べてみると

自分の意思というより、周りの環境的な要素と状況によって引きずり回されていたというのが

大半でした。

私の意識は眠っていたわけです。

すなわち私の意識は深く眠ったまま、欲求と欲望に引きずられて、あちらこちらへと

夢の中をさまよい歩いていたのです。

波瀾万丈な人生を生きたのではなく、波瀾万丈な夢を見ていたということです。

自覚を知り、自覚をするようになった今回の生は

他の生に比べるとこのうえなく大切ですが

ひたすら悟りだけに向かって熾烈に自覚しながら生きていかない限り

私に与えられる次の人生は、願ってもいなかった休息の人生となります。

その理由は、深い眠りから目覚めようとする意志が強くない限り、再び眠りの中へ落ちていくことになり

生半可な目覚めの余波によって、その眠りはより一層深くなるしかないからです。

休息の生は、場合によっては、その後何回もの生に渡って影響を及ぼすことになります。

その一つ一つの生は、たとえば田舎の人の平和な生として表出することになりますが

次の目覚めの機会はいつになるか、そのときはまったく予測することができないものです。

自覚とともにする今回の生 . . . 二度とない大切な生であり

二度とは与えられない、千載一遇の機会です。

毎瞬間、決して無駄に過ごしてはならない

かけがえのない時間だということを肝に銘じておくようにお願いします。