最終更新日:2017年6月26日
テディの話
<6月25日は、私たちの道伴テディさんが先立たれてまる一周年でした。
この寄稿文は、テディさんが昏睡状態を奇跡的に抜け出られていた期間に、師匠が投稿くださったものです>
テディを見舞ってきた道伴たちが、テディに対して感じる共通点があります。
テディが自覚の多くを忘れたようだ、という感じです。
じつは道伴たちの感じている印象は、間違ったものではありません。あっているのです。
テディはこの度のことを経験しながら、以前の自覚を捜し出すまでに時間がかかるでしょう。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
人は72時間意識をなくしたら、死を経験するのと同じです。
東洋でも西洋でも、葬儀の手続きは国によって違いますが、ほとんどの葬儀は三日間で行われます。
これは昔から伝わる風習の影響なのですが
当時の人たちも三日間、つまり72時間が霊魂が肉体に留まっている臨界点と見なしたからです。
臨床的に死んだとしても、72時間以内に再び生きて戻ってくるケースがしばしばあったためです。
現代は科学の発達によって、意識が三日以上回復できなくても再び生き返らせる医学技術があります。
これによって、ある人は意識を二年以上回復できずとも奇跡的に再び蘇生する場合があるのです。
人間の身体は大きく三つに分けてみることができます。
肉体と、エーテルと、霊魂です。
エーテルは東洋で魂魄(こんぱく)と呼ばれることもあり、神秘学では魂の殻と呼ばれている
肉体と霊魂の中間資質ぐらいの、しかし一般的な人たちの目には見えない霊的な物質です。
人が死ぬと、まず、霊魂の肉体からの分離が起こるのですが
この時、エーテルという霊の殻も霊魂にくっついて肉体から抜け出すのです。
肉体を持っている時の、医学で明らかになっている人間の頭脳の機能とは、
考えて、判断して、記憶を保存するというものです。
すべての肉体の機能を感知し調節する司令塔の役割を果たしています。
したがって身体の一部を失っても生活に根本的な支障はないのですが
頭脳を失うと生命を維持する事ができないのです。
ところがここに興味深い事実が一つあります。
まさに、エーテルの機能です。
私たちは、全ての考えと思考の機能は、頭脳によって始まり生成されるのだと習ってきました。
そして実際、私たちは一日一日、この事実を真実として体験しながら生きています。
頭脳の機能が作動しなければ、すなわち精神を失ったなら、私たちは何も認知することができません。
それで私たちは、死という頭脳作用が止まった後の現象に対し
いかなる推測も推論もしようがなかったのです。
なぜなら頭脳作用の停止とは、すなわち考えと思考の断絶であるので、自ずと死を
「何もないこと」「何もわからない」「全ての終わり」という概念で受け入れてきたからです。
しかし霊魂は、いざ肉体を離れると、頭脳の機能が停止したにもかかわらず
ずっと続けて意識を繋いでいきます。
どのようにして、このようなことが起り得るのでしょうか。
それは既に述べたように、人間の身体が物質、エーテル、霊魂の三つの複合体で構成されているためです。
この三つの身体から見れば、肉体の機能とはただ、霊魂の送受信装置に過ぎないものなのです。
霊魂が自分の経験の拡張のために、要求するデータを肉体へ送れば
肉体はそれによる新しい経験を霊魂に伝達して
霊魂は肉体から伝達されたデータを全体的な自分の経験の中に吸収させます。
このような過程において必須の構成要素は
最も波動が低い形態の物質体である肉体と、最も波動が高い霊魂との間の橋頭堡の役割です。
人間の意識とは、絶対的な無から存在の形態を選ぶことによって生ずるようになった
「宇宙自我」の一部分です。
この宇宙自我が個体性を持つ時、初めてそれは光の形態を帯びることになります。
宇宙自我が個体性を持つ理由もやはり、経験を通した宇宙自我の拡張にあります。
つまり、現在の私というものは、宇宙自我の経験の一部であるのです。(後日さらに詳しく説明)
光は物質へと、すぐに下降することはできません。波動の形態であるためです。
したがって粒子型(物質)の形態へ転換されるためには
電気場の下降過程を、もう一度さらに経なければなりません。
私たちの体のエーテルは、物質的な肉体と波動的な霊魂を接続させる電気場の役割を果たしているのです。
したがって、生前の全ての肉体の経験データは
電気場であるエーテル体にハードウェアの形態でそっくりそのまま残っています。
肉体から分離された霊魂に付いていたエーテル体は、しばらく霊魂にそのまま付いています。
もちろん特定の時間があるわけではなく、その期間は霊魂の成熟度によって千差万別です。
なぜならエーテルではなく、霊魂がエーテル体をつかんでんでいるからです。
生前、物質的な欲求と欲望の執着が並外れていた人は
肉体は死んでもそのような肉体のデータをたくさん保管しているエーテル体に
もう少し溺れていたいので、霊魂がエーテル体をつかんでいるのです。
霊魂の欲求が消えれば、エーテル体は霊魂からも分離されます。
けれども電気場的な生命力によって、エーテル体はしばらくその形態を維持しているのです。
私たちが言うところのいわゆる、死んだ者の霊魂というもの、幽霊というものは
大部分がこのようなエーテル体、いいかえれば魂の殻なのです。
エーテル体は、肉体から伝達され持っている情報によって、生前のその人と同じ人格を持っています。
降霊術や神がかりを通して、死んだ人が生前の自分の情報をそのまま霊媒や巫女に伝達するのも
じつはみな、このような魂の殻から受けているものなのです。
話の敷衍(ふえん)説明が長くなりました。
テディは昔の言葉で言えば、死んで生き返ったのです。
テディの意識が回復した後にも、生前の情報をそのまま憶えているのは
このようなエーテル体のおかげです。
けれどもかつて霊魂に伝達された自覚を回復するのには、多少時間がかかるでしょう。
自覚とはエーテル体の記憶で残っているものではなく
霊魂の成長と成熟に、すでに吸収されているものだからです。
多くの日本道伴たちの関心と愛により
テディの自覚力も徐々に回復していって、再び始まることでしょう。
(この文章は、2016-06-10 に書かれたものです)